鳥取久子さまの実家・家系図の真実|華麗なる経歴と現在の公務を追う
鳥取久子さまの実家・家系図の真実|華麗なる経歴と現在の公務を追うの概要と注目ポイントを一挙に解説しました。
1953年7月10日に東京都で誕生した久子さまは、父・滋治郎氏の海外赴任に伴い、幼少期からイギリスをはじめとする欧州各国で暮らしました。現地の学校教育を通じて生きた異文化理解を深め、母国語同様の流暢な英語力とフランス語を自然に身につけていきます。
高校卒業後はイギリスの名門ケンブリッジ大学ガートン・カレッジへ進学し、人類学および考古学を専攻しました。同校で培った緻密な学問的思考とフィールドワーク精神は、後年の野鳥研究や伝統工芸「根付(ねつけ)」のコレクター・研究者としての活動へ見事に結実しています。
大学卒業後に帰国した久子さまは、翻訳会社に勤務しながら通訳・翻訳のプロフェッショナルとして自立したキャリアを築いていました。そして1984年、運命の転機が訪れます。東京で開催された「第31回国際アジア・北アフリカ人文科学会議(ICAS)」において、三笠宮崇仁親王の通訳兼助手を務めた際、三笠宮家の三男である高円宮憲仁親王と出会いを果たしました。
宮さまは久子さまの飾らない人柄と知性、淀みのない語学力に深く惹かれ、出会いからわずか数か月後の1984年5月にプロポーズ。同年12月6日に結婚の儀が執り行われ、高円宮家が創設されました。自立した職業婦人としての確固たる足腰を持っていたからこそ、新しい皇室の風を吹き込むパートナーとして迎え入れられたのです。