杜甫『春望』現代語訳と徹底解説|なぜ花に涙したのか真相に迫る
杜甫『春望』現代語訳と徹底解説|なぜ花に涙したのか真相に迫るに関する専門家の意見を分かりやすく解説いたします。
後世から「詩聖(しせい)」と崇められ、李白の「詩仙(しせん)」と並び称される杜甫ですが、その生涯は華やかな名声とは程遠い、過酷な挫折と貧困の連続でした。
祖父に高名な詩人・杜審言を持つ名門の家柄に生まれながら、杜甫自身は科挙(官吏登用試験)にことごとく不合格となり、30代後半に至るまで定職に就くことができませんでした。40歳を過ぎてようやく手に入れた職も、武器庫の管理係といった極めて薄給の下級ポストに過ぎませんでした。長男を栄養失調による餓死で失うという、現代からは想像もつかない極貧の悲劇も経験しています。
世俗のしがらみを離れ、酒と月を愛して自由奔放に生きた天才肌の李白に対し、杜甫はどこまでも生真面目で、国家の危機や民衆の苦哀に真正面から向き合い続けた泥臭いリアリストでした。『春望』が書かれた当時の杜甫は46歳。現代の感覚で言えば、中年にしてようやく得た生活の足がかりを内乱によって粉々に打ち砕かれ、自らの無力さと家族の安否に身を焦がしていたのです。
杜甫の詩が千年の時を超えて人々の胸を打つのは、彼が超然とした大詩人だったからではありません。むしろ、理不尽な社会の荒波に翻弄され、家族を養うことに苦悩し、白髪を気にして頭を抱える「あまりに人間的で不器用な男」の叫びが刻まれているからにほかなりません。