三原じゅん子の昔が美しすぎる!ツッパリから大臣への激動半生

三原じゅん子の昔が美しすぎる!ツッパリから大臣への激動半生の要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。

アイドル歌手・女優として頂点を極めながら、三原氏が次に向かったのは、誰もが予想しなかったモータースポーツの現場でした。1987年、23歳のときに限定ライセンスからステップアップし、国内A級、さらには国際B級ライセンスを取得。本格的な四輪プロレーサーとしてのキャリアをスタートさせました。

当時、女性芸能人がモータースポーツに関わるケースといえば、イベントのゲストやPR目的のワンメイクレースが通例でした。しかし、三原氏はそうした「タレントの客寄せパンダ」扱いを真っ向から拒絶します。過酷な富士スピードウェイや鈴鹿サーキットを主戦場に選び、全日本ツーリングカー選手権(JTCC)や、国内最高峰のGTカーレースである全日本GT選手権(JGTC・現在のSUPER GT)に実戦参戦を果たしました。

サーキットは、時速200km以上で鉄の塊が激突し合う命がけの戦場です。三原氏も例外ではなく、レース中のスピンや接触による大クラッシュを幾度も経験しました。激しい衝突によって肋骨骨折や全身打撲を負い、救急搬送されながらも、完治前には再びレーシングスーツに身を包んでパドックに戻る日々を重ねました。メカニックやチーム関係者からは「男顔負けの度胸と集中力」「誰よりも負けず嫌いで妥協しない」と畏敬の念を持って称賛され、1990年代を通じてレーサー界にその名を刻み込みました。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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