「和を以て貴しとなす」誤解だらけの同調圧力を打破する聖徳太子の真意
「和を以て貴しとなす」誤解だらけの同調圧力を打破する聖徳太子の真意に関する深掘り解説を丁寧に解説いたします。
「和を以て貴しとなす」の読み方は、一般的に「わをもってとうとしとなす」または「わをもってたっとしとなす」と読まれます。どちらの読みも間違いではなく、古典の訓読において「貴」の字を「とうとし」「たっとし」のいずれで読んでも意味に差異はありません。
この言葉を定着させた人物は、飛鳥時代に推古天皇のもとで摂政を務めた聖徳太子(厩戸皇子)です。『日本書紀』の記述によると、西暦604年(推古天皇12年)夏4月、豪族たちが争いを繰り返していた国家の統治基盤を固めるため、官吏や貴族の心構えを定めた『十七条憲法』を制定しました。その記念すべき第一条の冒頭に掲げられたのがこの句です。
ただし、言葉自体のルーツを遡ると、古代中国の儒教経典である『論語』学而篇に記された「礼之用、和為貴(礼の用は和を貴しと為す)」という孔子の弟子・有子の言葉に行き着きます。聖徳太子はこの儒教の知恵を取り入れつつ、仏教の融和精神や当時の日本の国情を融合させ、独自の国家統治哲学へと昇華させました。