中核派とは?革マル派との違いや前進社の実態、最新動向を徹底解説

中核派とは?革マル派との違いや前進社の実態、最新動向を徹底解説の詳細について、最新情報を詳しくお届けします。

詳細を見る

中核派を理解する上で避けて通れないのが、長年にわたり血で血を洗う殺し合いを演じてきた「革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)」との対立関係です。

両派はもともと同一の組織(革共同)でしたが、1963年の「第3次分裂」によって完全に袂を分かちました。分裂の最大の要因は、指導者であった本多延嘉(中核派)と黒田寛一(革マル派)の間で生じた革命戦術と組織論をめぐる確執でした。

比較項目中核派(革共同全国委員会)革マル派(革共同革マル派)公安・専門機関の分析視点基本戦術・路線街頭武装闘争・実力蜂起重視
デモでの物理衝突やゲリラ活動を躊躇しない行動主義党建設・組織浸透重視
無謀な衝突を避け、労働組合や大学自治会へ水面下で浸透中核派は直接打撃型、革マル派は潜入工作型と区分される創設期の指導者本多延嘉(1975年に革マル派により暗殺)黒田寛一(盲目の理論的指導者、2006年病死)カリスマ指導者の死後も教条的な枠組みを継承象徴的ヘルメット白地に黒文字で「中核」白地に赤文字で「Z」(全学連のZ)集会やデモ隊列の外見上の明確な識別点拠点機関紙・出版社機関紙『前進』/前進社(東京都江戸川区)機関紙『解放』/解放社(東京都新宿区など)警察による定期的な家宅捜索の対象施設内ゲバでの死者数双方合わせて死者100名以上、負傷者数千名(警察庁統計)一般市民や関係ない学生を巻き込む凄惨な私刑が頻発

1970年代から1980年代にかけて激化した「内ゲバ(内部ゲバルト)」は、白昼の路上や民家への夜間急襲、鉄パイプやバールを用いた襲撃など、過激さを極めました。1975年3月には埼玉県川口市のアパートで中核派最高指導者の本多延嘉書記長が革マル派の襲撃部隊によって殺害される事件が発生。中核派は報復として革マル派幹部を次々と標的にし、凄惨な報復合戦が全国で繰り広げられました。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest