平民宰相の真相!原敬の出身地・盛岡のルーツと意外な家柄の真実
平民宰相の真相!原敬の出身地・盛岡のルーツと意外な家柄の真実にまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。
原敬といえば「初の平民出身の首相」というフレーズが一人歩きしがちだが、その実像は貧困からの叩き上げではない。原家は代々、盛岡藩の上級武士(家老級の家格をもつ大組士)として藩主・南部家に仕えた屈指の名門であった。祖父の原直義は藩の要職を歴任し、家禄も高く、地域の武士社会において確固たる地位を占めていた。
では、なぜ彼が「平民」と呼ばれたのか。そこには明治初期の戸籍制度と原自身の固い決意が関係している。分家して戸主となった際、平民として登録されたことに加え、後年、首相に就任してからも爵位(華族)の授与を固く拒絶したためである。藩閥の特権階級が幅を利かせた政界において、あえて「衆議院議員の平民」という立場を貫くことこそが、民意を背負うリーダーとしてのアイデンティティだったのだ。