黒い霧事件の真相|永久追放された選手たちの驚愕の告白と八百長の闇
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かつて三原脩監督のもとで黄金期を築き、野性味あふれるプレースタイルで福岡のファンを熱狂させた西鉄ライオンズ。その屋台骨が音を立てて崩れ始めたのは、1969年秋の緊迫した空気の中だった。発端は、主力投手の一人であった永易将之に対する八百長疑惑の浮上である。暴力団関係者が暗躍する野球賭博に加担し、故意に試合を落とす「敗退行為」に関与した疑いが持たれた。
永易は当初疑惑を否定したものの球団から契約を解除され、翌1970年春にはNPBから史上初となる永久追放処分を受ける。だが、事態は一人の投手の追放では収まらなかった。逃亡生活の末に週刊誌の独占インタビューに応じた永易は、自らだけでなくチーム内の同僚投手や野手たちの実名を次々と暴露。金銭の授受と具体的なサインの取り決めを赤裸々に語った肉声は、日本列島に戦慄を走らせた。
この告白を機に捜査と調査のメスは一気に深部へと入り込み、華やかだった西鉄ライオンズは一転して疑惑のデパートと化していく。敗退行為の報酬は数十万円から数百万円。札束と引き換えに奪われたのは、グラウンド上の真剣勝負という絶対の聖域だった。