フェルマーの最終定理「ここで終わりに」名言の舞台裏と歓喜の全真相
話題沸騰中の フェルマーの最終定理「ここで終わりに」名言の舞台裏と歓喜の全真相について、主要な情報を整理して公開しています。
フェルマーの最終定理とは、中学生でも理解できるほどシンプルな見た目をしています。
「3 以上の自然数 n について、$x^n + y^n = z^n$ を満たす自然数の組 $(x, y, z)$ は存在しない」
$n=2$ であれば三平方の定理(ピタゴラスの定理)として、$3^2 + 4^2 = 5^2$ のように無数の解が存在します。ところが、指数が 3 以上になった途端、どのような大きな数を用いても等式を満たす組み合わせが絶対に存在しなくなります。17世紀フランスの裁判官でありアマチュア数学者でもあったピエール・ド・フェルマーは、古代ギリシャの数学書『算術』の余白にこう書き遺しました。
「私はこの命題の真に驚くべき証明を発見したが、それを記すにはこの余白は狭すぎる」
この魅惑的な一言が、レオンハルト・オイラーやソフィ・ジェルマン、カール・フリードリヒ・ガウスといった歴代の大天才たちを3世紀半にわたって翻弄し続けることになります。多くの学者が人生を狂わせ、自殺者まで出たこの難攻不落の要塞を、フェルマーの最終定理は誰が解いたのか。その主役となったのが、10歳の頃に図書館でこの問題に出会い「自分が絶対に解いてみせる」と心に誓ったワイルズでした。
しかし、ワイルズは正面から要塞を攻めたわけではありません。突破口となったのは、現代日本が誇る二人の若き天才、谷山豊と志村五郎が1955年に提唱した「谷山・志村予想」でした。谷山・志村予想とは、「すべての楕円曲線はモジュラーである」という、幾何学と数論という全く異なる二つの数学世界が一本の地下水路で結ばれていると主張する壮大な仮説でした。
1980年代半ば、ドイツのゲルハルト・フライが「もしフェルマーの最終定理に反例(解)が存在すると仮定したら、極めて奇妙な楕円曲線が作れる」と指摘。さらに米国のケン・リベットが「その奇妙な楕円曲線はモジュラーになり得ない」ことを厳密に証明しました。つまり、「谷山・志村予想が正しいと証明されれば、反例となる奇妙な楕円曲線は存在し得ず、背理法によってフェルマーの最終定理も真実だと証明される」という決定的な橋渡しが完成したのです。ワイルズはこの報に触れた瞬間、運命を確信し、自宅の屋根裏部屋に籠城して前人未到の研究を開始しました。