米Time誌「岸田表紙」修正の真相|平和主義の放棄と外交の激震
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そもそも、なぜ岸田首相はこの時期に『TIME』誌の表紙を飾ることになったのでしょうか。単にG7広島サミットのホストリーダーだったからだけではありません。根底には、欧米社会が岸田政権の放った安全保障政策のドラスティックな転換に強い関心を寄せていた背景があります。
日本は第二次世界大戦後、平和憲法のもとで経済成長に専念し、安全保障を日米同盟に大きく依存してきました。しかし、2026年のロシアによるウクライナ侵攻、台湾海峡をめぐる緊張、北朝鮮の弾道ミサイル発射など、東アジアを取り巻く安保環境は激変しました。岸田首相はこの局面で「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と国際社会に警告を発し、防衛三文書の改定を電撃的に閣議決定しました。
さらに、従来目安とされてきた防衛費「GDP比1%枠」を撤廃し、NATO標準並みの「GDP比2%」へ倍増させる道筋をつけ、長距離巡航ミサイル導入などを含む「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有に踏み切りました。これは歴代のタカ派政権ですら成し遂げられなかった、戦後日本の安全保障レジームの転換点でした。
米欧の論壇から見れば、「ハト派」の派閥(宏池会)を率い、被爆地・広島選出の政治家として「核なき世界」をライフワークに掲げる岸田氏が、誰よりも現実的な軍備増強を力強く推進している構図は、極めてドラマチックな政治的パラドックスとして映ったのです。米誌TIMEが毎年発表する「世界で最も影響力のある100人(TIME100)」に岸田首相が選出された流れも、こうした国際的再評価の延長線上にありました。