中村勘三郎の死因と最期の真相|食道がん手術からArds発症の全貌
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十八代目中村勘三郎さんの直接の死因は、世間一般に広く知られている食道がんそのものではなく、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)です。所属事務所および医療関係者からの公式発表によると、2012年12月5日午前2時33分、都内の病院で息を引き取りました。
発端となったのは、同年6月に判明した初期の食道がんでした。人間ドックの定期検診で見つかり、本人は「初期の段階で見つかったのは幸運。しっかり治してまた舞台に立ちます」と前向きなコメントを発表していました。7月には難度の高い外科手術を受け、病巣の切除自体は成功したと発表されています。
しかし、退院に向けた回復期に事態は急転しました。食道の手術は首・胸・腹の3カ所を切開する大規模なもので、周辺の神経や気道に大きな負荷がかかります。勘三郎さんは術後に誤嚥性肺炎を発症し、これが引き金となって両肺に急激な炎症が広がるARDSへと進行してしまいました。
ARDSは、何らかの原因で肺の毛細血管壁が破壊され、血液成分が肺胞内に漏れ出して呼吸困難に陥る重篤な疾患です。集中治療を行っても救命率が大きく低下する病態であり、勘三郎さんの肺機能は急速に低下。人工呼吸器や人工心肺装置(ECMO/PCPS)による懸命の延命治療が行われたものの、肺の回復は叶いませんでした。