宮沢和史の若い頃が宮沢氷魚と激似!昔のイケメン伝説と現在に迫る
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宮沢和史さんは1966年1月18日生まれ、山梨県甲府市の出身です。日本大学文理学部在学中に結成したバンド「THE BOOM」は、歩行者天国(原宿ホコ天)での路上ライブで動員を増やし、1989年にシングル『君はTVっ子』、アルバム『A PEACETIME BOOM』でメジャーデビューを果たしました。
デビュー当時のキャッチコピー「歩く歩道が生んだビートボーイズ」が示す通り、当初はスカやポップロックを基調とした爽快なスタイルで若者の心を掴みました。しかし、宮沢さんの真骨頂は、世界の民族音楽や土着のルーツミュージックを貪欲に吸収し、自らの音楽へと昇華していく飽くなき探求心にありました。
その最大の結実が、1992年に発表され、翌1993年に全国的な大ヒットを記録した『島唄』です。累計売上150万枚以上を記録したこの名曲が生まれた背景には、宮沢さん自身の人生を揺るがす強烈な原体験がありました。
沖縄を初めて訪れた際、ひめゆり平和祈念資料館で沖縄戦の悲惨な実態と元学徒隊の女性たちの証言に触れた宮沢さんは、「本土の人間として、この歴史を知らずに生きてきたことへの激しい恥ずかしさと憤り」を覚えたと、後の自著や特番インタビューで述懐しています。沖縄の音階(琉球音階)とサンシンを取り入れ、本土と沖縄、そして未来の平和をつなぐ架け橋として魂を削って書き上げた『島唄』は、アルゼンチンなど海を越えた南米の地でもカバーされ、世界的アンセムとなりました。