なぜ泥沼化?北アイルランド紛争の根本原因と現在の和平状況を徹底解説
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1960年代後半、米国の公民権運動に影響を受けたカトリック住民たちが、差別是正を求めて平和的なデモを開始しました。しかし、特権の喪失を恐れるプロテスタント強硬派や警察がこれに激しく反発し、暴力的な衝突へと発展します。この泥沼の時代は、現地で「ザ・トラブルズ(The Troubles)」と呼ばれています。
■ 北アイルランド紛争の主な歴史年表
- 1968年:カトリック系住民による公民権運動が本格化、治安部隊との衝突が激化
- 1969年:英軍が北アイルランドへ派遣され、IRA(アイルランド共和軍)暫定派が結成
- 1972年:ロンドンデリーで「血の日曜日事件」が発生。英直接統治へ移行
- 1979年:IRAが英王室のマウントバッテン卿を暗殺
- 1981年:ボビー・サンズら収監中のIRAメンバーがハンガーストライキで獄死
- 1998年:「ベルファスト合意(グッドフライデー合意)」が調印
- 2005年:IRAが完全武装解除を宣言
紛争の決定的転換点となったのが、1972年1月30日の「血の日曜日事件(Bloody Sunday)」です。ロンドンデリー(デリー)で行われていた非武装の抗議デモに対し、英陸軍空挺連隊が無差別に発砲し、市民14名が命を落としました。
この事件を機に、カトリック系若年層の間で武力抵抗を掲げる「IRA(アイルランド共和軍)」への支持が爆発的に高まりました。IRAは英軍や警察への奇襲だけでなく、ロンドン中心部での爆弾テロなどを次々と実行。これに対抗してプロテスタント系の非合法民兵組織(UVFやUDA)もテロを激化させ、報復の連鎖が街中を戦場へと変えていきました。