波乱万丈のダルマ宰相!高橋是清は何をした?恐慌脱却と暗殺の真相
波乱万丈のダルマ宰相!高橋是清は何をした?恐慌脱却と暗殺の真相の具体的な内容に迫る! 専門的な視点でご紹介しています。
是清の政策の中で、今なお国際的な経済学者から絶賛されるのが、1930年代初頭の「高橋財政」によるデフレ脱却劇です。当時の日本は、世界恐慌の直撃と前内閣による金解禁政策の失敗が重なり、「昭和恐慌」と呼ばれる未曾有の大不況に苦しんでいました。農村では娘の身売りが横行し、企業の倒産が相次ぐ地獄絵図でした。
1931年12月、犬養毅内閣の大蔵大臣として登板した是清は、就任当日に即座に「金輸出再禁止(金本位制からの離脱)」を断行。通貨供給量をコントロールできる管理通貨制度へと移行させ、大幅な円安へと誘導して輸出産業を劇的に復活させました。
さらに是清は、中央銀行が直接国債を買い取る「日銀の国債引き受け」という前代未聞の奇策を実行。調達した資金を農村救済や土木事業(時局匡救事業)へ果敢に投じ、有効需要を人工的に創出しました。
この一連の手法は、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表する数年も前のことであり、「世界で初めてケインズ的マクロ経済政策を実践した人物」として、日本を世界最速で恐慌から脱出させる奇跡を成し遂げました。