梅沢富美男の女形が誇る圧倒的妖艶美!下町の玉三郎の秘密と現在
梅沢富美男の女形が誇る圧倒的妖艶美!下町の玉三郎の秘密と現在を詳しくリサーチ! 読者が気になる トピックの裏側を凝縮して配信します。
梅沢富美男の役者人生は、まさに大衆演劇の歴史そのものです。大衆演劇の名門である「梅沢劇団」は、父・梅沢清と母・竹沢龍千代の劇団の流れを汲み、実兄である梅沢武生が座長として再結成したことで礎が築かれました。富美男自身は幼少期から舞台に立っていたものの、当初は役者としての道を模索し、激しい葛藤を抱えていたといいます。
転機が訪れたのは20代半ばのことでした。劇団の客入りが伸び悩む中、兄の助言もあって本格的に女形に挑戦したところ、その妖艶な美しさと客席の心を鷲掴みにする「流し目」が瞬く間に評判を呼びます。歌舞伎界の至宝・坂東玉三郎になぞらえて「下町の玉三郎」と呼ばれるようになった由来は、劇場に足を運んだ劇作家やマスコミ関係者がその圧倒的な華に驚嘆し、親しみやすさと格式の高さを兼ね備えた大衆のスターとして名付けたことに端を発します。
敷居が高いと思われがちだった伝統芸能の美を、庶民の娯楽である大衆演劇の舞台から全国へと解き放った功績は極めて大きく、浅草や地方公演の客席は連日、熱狂的な女性客で埋め尽くされました。