なぜ吉田拓郎を輩出できた?伝説の「広島フォーク村」衝撃真相を徹底解説
なぜ吉田拓郎を輩出できた?伝説の「広島フォーク村」衝撃真相を徹底解説についての最新情報をご紹介します。
フォーク村の活動が絶頂を迎えていた1970年、日本の音楽ビジネスの構造を根底から揺るがす出来事が起こります。サークルの総決算として企画された自主制作盤アルバムのレコーディングです。
レコード会社に所属していないアマチュア集団が、自前でスタジオを借り、カッティング費用を出し合ってフルアルバムを制作することは、当時の常識では考えられない無謀な挑戦でした。そうして完成した自主制作LPこそが、日本のロック・フォーク史に燦然と輝く『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』です。この象徴的なフレーズは、よしだたくろう(当時の表記)が作詞作曲した名曲「イメージの詩」の一節から取られました。古い因習に縛られた大人たちの音楽界を、自分たち若い世代が乗り越えていくという痛烈な宣戦布告でもありました。
当初わずか数百枚から1000枚程度プレスされたプライベート盤は、手売りを中心に瞬く間に完売します。その噂を聞きつけたのが、創業間もない独立系レーベルのエレックレコードでした。エレックはマスターテープを買い取り、1970年6月に同内容のLPを正規の流通ルートに乗せて全国発売します。地方都市のアマチュアによる手作りレコードが商業ベースで全国に流通したこの瞬間こそ、日本のインディーズ史の始まりでした。