大川小学校はなぜ逃げなかったのか|空白の50分と裏山避難を阻んだ真相

大川小学校はなぜ逃げなかったのか|空白の50分と裏山避難を阻んだ真相に関する深掘り解説を丁寧に解説いたします。

校庭を出た児童と教職員が向かった「三角地帯」とは、新北上大橋のたもとに位置する、道路が交差する小高い植樹スペースでした。

校庭の標高が約1.5メートルであったのに対し、三角地帯は堤防道路に接続しているため約6〜7メートルの高さがあり、教職員らは「校庭よりは高くて安全な場所」と判断したと見られています。

しかし、この判断は致命的な誤算を生みました。三角地帯へ向かうことは、津波の流路となる北上川へ向かって自ら近づいていく行為だったからです。北上川の河口から遡上してきた津波は、川の堤防を軽々と越水し、陸側から押し寄せた津波と合流。三角地帯へ向かって移動していた児童の列は、橋のたもとに到達する前、まさに津波の正面衝突を受ける形で巻き込まれました。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest