江戸川乱歩『芋虫』なぜ発禁に?狂気のあらすじと結末を徹底考察

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『芋虫』が辿った過酷な検閲の歴史は、日本の近代出版史を象徴する出来事の一つです。本作が最初に雑誌『新青年』の1929年(昭和4年)新年増刊号に掲載された際、当初の原題は『悪夢』でしたが、編集部側の自主規制や配慮によって『芋虫』へと改題され、一部の過激な性愛描写に伏字(○○などの記号)が施されて世に出ました。

しかし、1930年代後半に入り日中戦争が泥沼化すると、軍部と内務省警保局による出版統制は急速に苛烈さを極めます。そして1939年(昭和14年)、本作を収録した単行本は治安維持および風俗壊乱を名目に全面的な発禁処分(発売禁止命令)を受けました。発禁に至った主たる理由は以下の3点に集約されます。

  • 皇軍軍人への冒涜:国家のために戦った名誉ある傷痍軍人を「肉の塊」「醜悪な芋虫」として描き、食欲と性欲の奴隷として描写した点が軍の威厳を失墜させると見なされた。
  • 銃後精神への打撃:戦争の美談の裏にある過酷な現実や介護者の狂気を暴き、国民の戦意高揚を挫く反戦的ニュアンスを持つと判断された。
  • 過度な変態性欲描写:障害を負った身体を利用した異常なサドマゾヒズム描写が、公序良俗に反する低俗なエロティシズムであると断定された。

戦時体制下において、傷痍軍人は「生ける英霊」として神聖視されるべき存在でした。乱歩が描いた須永中尉の無残な姿と妻の背徳劇は、国家が国民に強要していた純血主義的なプロパガンダを根底から破壊する危険思想と見なされたのです。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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