護送船団方式とは?大蔵省支配の崩壊理由と現代に残る影を徹底検証
護送船団方式とは?大蔵省支配の崩壊理由と現代に残る影を徹底検証の基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点で紐解きます。
「護送船団」という思考様式は、金融業界にとどまらず、戦後日本のさまざまな産業規制に深く根を張っていました。その代表例が航空業界と医療行政です。
航空業界においては、1970年および1972年に閣議了解された通称「45/47体制」が典型的な護送船団方式でした。日本航空(JAL)には国際線と国内幹線、全日本空輸(ANA)には国内幹線とローカル線、東亜国内航空(後のJAS)にはローカル線を割り当て、政府が運航ルートと運賃を厳格に指定。事業者間の過当競争を防いで安定運行を確保したものの、新規参入は完全に阻まれ、航空運賃の高止まりを招きました。この体制は市場活性化と経済成長を優先する観点から、1985年に撤廃されています。
一方、現在に至るまで護送船団の色彩を色濃く残しているとされるのが医療分野です。中央社会保険医療協議会(中医協)が定める「診療報酬制度」により、日本全国どの医療機関を受診しても医療行為の公定価格は同一に保たれています。これは「いつでも、どこでも、誰でも均一な高度医療を受けられる」という世界最高峰の国民皆保険体制を築く原動力となった反面、経営効率の高い病院も非効率な診療所も同じ単価で守られる構造を生み出しました。過剰病床の削減難航やジェネリック医薬品の普及遅れなど、社会保障費の増大に直面する2026年現在もなお、構造改革を巡る議論の火種となっています。