疑わしきは罰せずの真実|推定無罪との違いや冤罪防止の論理を徹底解明
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2009年に導入された裁判員裁判の法廷では、一般市民がこの原則の重みと直接対峙することになります。元裁判員の手記や退任後の記者会見では、日常の道徳感情と法原則の板挟みに苦悶する生々しい声が数多く記録されています。
「被告人の態度や状況証拠を見れば、直感的には犯人だとしか思えなかった。しかし、凶器から被告人の指紋が検出されていないという事実について、検察官の納得のいく説明がなかった。裁判長から『合理的な疑いが残るなら無罪にしなければならない』と諭され、評議室で何時間も頭を抱えた」(殺人未遂事件を担当した元裁判員の証言手記より)
人間には、目の前で起きた悲惨な事件に対して「誰かを処罰して秩序を回復したい」という自然な感情が備わっています。SNS上でも、少しでも怪しい容疑者が逮捕されると、公判前にもかかわらず「極刑に処せ」といった世論が瞬時に形成されがちです。
しかし、法廷で求められるのは大衆の処罰感情を満たすことではなく、冷静な証拠の検証です。裁判員裁判における評議の現場では、プロの裁判官から「疑わしいけれど決め手がない」という状態は「無罪」を意味すると繰り返し説明されます。直感的な有罪感を抑え込み、冷徹に「疑わしきは被告人の利益に」を適用する行為は、市民にとって精神的な負荷を伴う極めて重い決断となっています。