『ムンクの叫び』実は叫んでいない?名画の真の意味と4枚の違いを解剖

『ムンクの叫び』実は叫んでいない?名画の真の意味と4枚の違いを解剖の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点でご紹介しています。

『叫び』には、美術ファンや研究者を長年悩ませてきた数々の謎が散りばめられています。近年の科学技術と学術調査によって、それらの真相が次々と明らかになってきました。

1. うねる「血のような赤い空」の科学的理由

絵画の上部を覆う異様な赤と黄色の波状の雲。これは単なるムンクの精神的な妄想表現ではありませんでした。気象学者や天文学者の研究チーム(米テキサス州立大学のドナルド・オルソン教授ら)の検証によると、1883年に発生したインドネシアのクラカタウ火山の大噴火が直接的な原因とされています。

この大噴火で噴出した大量の火山灰や微粒子は成層圏に達し、地球全体を周回しました。その結果、ノルウェーを含む北欧でも1883年の冬から数カ月にわたり、日没時に異常なほど鮮烈で不気味な赤い夕焼けが観測された記録が残っています。当時20歳前後の多感な青年だったムンクは、この天変地異の光景を目の当たりにし、その強烈な記憶が絵画へと投影されたのです。

2. 耳を塞ぐ人物のモデルは誰なのか?

性別も年齢も判別しがたい中央の人物の造形には、2つの有力な説が存在します。 ひとつは、1889年のパリ万国博覧会で展示されたペルー・チャチャポヤス文化のミイラです。両手で頬を覆い、口を開けて体をかがめたミイラの姿をムンクが見学し、強いインスピレーションを受けたとする説が美術史家ゴーギャンの研究などで支持されています。 もうひとつは、「ムンク自身の心理的な自画像」という説です。外部の風景を忠実に描くのではなく、自らの内面にあるパニック発作や死の恐怖を普遍的な人間の形へと抽象化した結果、あの特異な姿に行き着いたと解釈されています。

3. 「狂人にしか描けぬ」画面上の落書きの主が特定

オスロ国立美術館所蔵の1893年版の左上には、肉眼では見落とすほど薄い鉛筆の文字で「Kan kun være malet af en gal Mand!(狂人にしか描けぬ!)」という落書きが記されています。長年、不満を持った展覧会の来場者による悪質ないたずら(ヴァンダリズム)と考えられていました。

しかし、2021年にオスロ国立美術館が実施した高精細赤外線スキャンと筆跡鑑定により、文字の筆跡がムンク自身の手紙や日記と完全に一致することが公式発表されました。1895年に作品が初めて展示された際、医学生から「この絵の作者は精神的に異常である」と公開批判されたことに深く傷ついたムンクが、自嘲と皮肉を込めて自ら書き込んだ痕跡であることが確定したのです。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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