トムブラウン結成の真相!高校柔道部からM-1決勝までの全軌跡
トムブラウン結成の真相!高校柔道部からM-1決勝までの全軌跡にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
二人の原点は、北海道札幌東陵高等学校の柔道部にあります。当時高校2年生で主将を務めていた布川ひろきのもとへ、新入生として入部してきたのが1学年下のみちおでした。中学時代に相撲で鳴らし、規格外の背筋力と怪力を誇っていたみちおは、高校柔道でも個人戦で北海道大会ベスト8に入るほどの実力者。一方の布川も個人戦ベスト16の実績を持つ有段者であり、二人は畳の上で激しい汗を流す師弟のような間柄でした。
しかし、布川が強く惹かれたのは、みちおの競技能力以上にその「常軌を逸したキャラクター」でした。部室で繰り出される突拍子もない言動や、周囲を笑わせる独特の破壊的センスに、布川は「こいつはプロのお笑いで絶対に化ける」と確信を抱きます。高校卒業時、すでに芸人を志していた布川はみちおにお笑いの道へ進むよう熱烈に声をかけました。
ところが、みちおの返答は拒絶でした。当時の彼には「プロレスラーになる」という絶対的な夢があったためです。みちおは幼少期から過激なプロレスに心酔し、本気でリングに立つ日を夢見ていました。高校卒業後、みちおは専門学校へ進学してトレーニングを重ねつつプロレス団体の門を叩こうとしますが、そこで冷酷な現実の壁に直面します。
当時、多くのメジャープロレス団体が課していた入門基準は「身長180cm以上」。身長約170cmのみちおは、体格基準を満たすことができず、書類選考や門前払いの段階で夢を断たれました。魂を注いできた標的を失い、深い喪失感のなかで専門学校を中退したみちお。そんな彼の脳裏に蘇ったのが、高校時代に部室で「お前は絶対に芸人になるべきだ」と語りかけてくれた先輩・布川の言葉でした。
「布川さん、僕もお笑いをやりたいです」。みちおからの突然の電話を受けたとき、布川はすでに札幌のローカルシーンで別の相方とコンビを組んで活動中でした。そのため、すぐにはコンビ結成に至らず、みちおは別の人と別のグループで活動を開始。互いに別々の道を歩みながらも、芸人としての試行錯誤を繰り返す歳月が流れます。
転機が訪れたのは2008年末。互いに相方との方向性の違いからコンビを解散し、ピン芸人として東京の地下ライブに立っていた二人のタイミングが奇跡的に合致しました。「ほかの誰と組むよりも、あいつの狂気を世に出したい」。布川の揺るぎない確信がみちおの背中を押し、2009年1月12日、正式にお笑いコンビ「トム・ブラウン」が産声を上げました。