平家物語『木曾の最期』あらすじ・現代語訳と義仲敗死の真相を徹底解説
平家物語『木曾の最期』あらすじ・現代語訳と義仲敗死の真相を徹底解説の重要ポイントをご紹介します。専門的な知識がチェックできます。
Q1:義仲が馬を乗り入れた「深田」とはどのような場所ですか?
A1:泥深く底なしの泥田(水田)のことです。粟津は琵琶湖沿いの低湿地帯であり、冬場に薄氷が張っていたため、一見すると乾いた平地のように見えていました。義仲は土地鑑がなかったためこれを見抜けず、馬ごと足を取られて脱出不能に陥りました。
Q2:巴御前はその後どうなったのですか?伝説のその後を教えてください。
A2:平家物語の諸本(延慶本や覚一本)では、東国へ落ち延びた後、源頼朝の命で鎌倉へ送られ、和田義盛の妻となって剛勇の朝比奈義秀を産んだという伝承や、出家して義仲の菩提を弔いながら90歳以上の天寿を全うしたという伝承など、各地に多くの後日談が残されています。
Q3:なぜ今井兼平は「太刀を口に含んで飛び降りる」という方法で自害したのですか?
A3:敵の大軍に完全に包囲されている中で切腹する時間はなく、もし首を取られれば敵の手柄とされ、遺体を辱められる危険がありました。確実に一瞬で絶命し、誰にも首を渡さないための極限状態における究極の自決法でした。
Q4:テストで頻出する「あっぱれ、よからう敵がな」の現代語訳のコツは?
A4:「あっぱれ」は感動詞で「ああ・なんとまあ」、「よからう」は形容詞「よし」の未然形+推量「う」で「立派な・手頃な」、「敵がな」の「がな」は願望の終助詞で「〜があればいいなあ」を意味します。したがって「ああ、立派な敵が現れないものか」と訳すのが正解です。