なぜ一夜で埋もれたのか?桜島・黒神埋没鳥居の歴史と保存の真相
なぜ一夜で埋もれたのか?桜島・黒神埋没鳥居の歴史と保存の真相について見逃せない ポイントを分かりやすく解説いたします。
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黒神埋没鳥居が現在の姿になった直接の契機は、1914年(大正3年)1月12日に幕を開けた桜島の大正大噴火です。20世紀の日本国内で発生した火山活動としては最大級の爆発力を記録し、噴出した溶岩と火山灰の総量は約30億トン(約2立方キロメートル)に達しました。
当時、黒神集落は火口から東に約5キロメートル離れた風下に位置していました。西風に乗って噴き上がった黒煙は上空1万メートル以上に達し、昼間でありながら太陽の光を完全に遮断。漆黒の闇と化した黒神地区には、灼熱の火山弾や大量の軽石、細かな火山灰が雨のように降り注ぎました。
その堆積スピードは想像を絶するものでした。大爆発の発生からわずか24時間足らずで約2メートルもの火山灰層が形成され、田畑や民家はもちろん、集落の鎮守であった腹五社神社の鳥居までもが一瞬にして呑み込まれたのです。幸いにも、前兆となる地震を察知した住民の多くがいち早く避難していたため、黒神集落内での直接的な人的被害は最小限に抑えられましたが、生活基盤のすべてが分厚い灰の下に消え去りました。