片山さつきの現在と華麗な経歴|結婚歴や大蔵省時代の真相に迫る
片山さつきの現在と華麗な経歴|結婚歴や大蔵省時代の真相に迫るの主要なニュースをコンパクトにまとめました。最新トレンドを一目で把握できます。
片山氏のキャリアを語る上で欠かせないのが、類稀な学歴と官僚時代の伝説的なエピソードです。実父は宇都宮大学名誉教授を務めた数学者の朝長康郎氏であり、ノーベル物理学賞受賞者の朝長振一郎博士とも血脈を同じくする学者家系に育ちました。母も教育者というアカデミックな家庭環境の中で幼少期から卓越した頭脳を発揮し、名門・東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)へと進学します。
1978年に東京大学文科一類へ現役合格を果たした際、文一をトップの成績で通過したという伝説は、当時の予備校界や法学部の同窓生の間でも語り草となっています。東大在学中には女性ファッション誌のグラビアやキャンパス特集に取り上げられ、その容姿端麗さと知性の兼備ぶりが「才色兼備の女子大生」としてメディアの耳目を集めました。
1982年、最難関の国家公務員上級甲種経済職試験・法律職試験の両方に上位合格し、当時の大蔵省(現・財務省)に入省します。昭和の男性社会そのものであった霞が関の中枢で、女性総合職(キャリア官僚)の草分けとして歩んだ道のりは決して平坦ではありませんでした。自著や当時の回想録によれば、深夜に及ぶ国会待機や過酷な予算編成作業の中、「女性だからといって手加減は一切されない」という厳しい視線に晒され続けたと述懐しています。
1993年には、防衛庁防衛局計画官補佐に出向。その後、本省へ帰任して主計局主査(防衛担当、公共事業担当等)に女性として史上初めて就任しました。国の根幹予算を決める主計局の主査ポストは、将来の次官候補が就くエリートコースの代名詞であり、霞が関の歴史にその名を深く刻む快挙として大々的に報じられました。横浜税関総務部長や国際局開発機関課長を経て、2005年の郵政民営化を巡る「郵政解散」において、小泉純一郎首相からの強い要請を受けて政界への転身を決断することになります。