ジャイアント馬場「16文キック」の真相|足のサイズ実寸と誕生秘話
ジャイアント馬場「16文キック」の真相|足のサイズ実寸と誕生秘話の要点や背景をコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。
技のネーミング誕生には、昭和プロレス報道を支えた敏腕記者たちとメディアの熱量が深く関わっています。
若き日のジャイアント馬場がアメリカ武者修行(ババ・ザ・ジャイアントとして全米を席巻)から凱旋帰国した1960年代初頭、彼が現地で調達してきた巨大なリングシューズには「16」というサイズ表記のラベルが貼られていました。これを目にした東京スポーツの敏腕記者・田鶴浜弘氏(または当時のプロレス担当記者陣)が、「アメリカのサイズ16」を日本の伝統単位である「16文」と勘違い、あるいはメディア的なインパクトを狙って意図的に「16文の靴」と見出しを打ったことが直接のきっかけです。
当時、馬場本人は自著『王道十六文』や生前のインタビューの中で、次のように述懐しています。
「アメリカで靴屋に行ってもサイズがなくてね。特注で頼んだ靴箱に『Size 16』と書いてあったのを日本の記者が『16文』と書いた。16文なら38センチ以上になってしまうから実際より大きいんだが、語感がいいからとそのまま定着してしまったんだよ」
技の原型(元ネタ)は、アメリカの巨漢レスラーたちが好んで使っていたフロント・ハイキック(後のビッグブーツ)です。しかし、馬場の長い脚から繰り出されるフロントキックは、日本人離れしたスケール感とともに「16文キック」と名付けられたことで、単なるプロレス技から国民的知名度を誇る必殺技へと昇華しました。