生まれてきた意味とは?心の苦しみを救う心理学と使命の見つけ方
生まれてきた意味とは?心の苦しみを救う心理学と使命の見つけ方についての最新情報をお届けします。
ネット上の自己啓発言説などで広く流布している最大の誤解は、「自分だけの特別な使命(ブループリント)がどこかに隠されており、それを見つけ出せばすべての悩みから解放される」という幻想です。多くの人が、まだ見ぬ宝箱を探し当てるかのように天職や使命を追い求め、見つからない現実に絶望していきます。
しかし、哲学研究や認知科学の領域では、この「使命発見モデル」は否定的に捉えられています。人間は白紙の設計図のまま自然界の進化の連鎖の中で生まれ落ちたのであり、宇宙や自然界が特定の個人に対してあらかじめ「あなたは〇〇をしなさい」と指示を組み込んでいるわけではありません。フランスの実存主義哲学者ジャン=ポール・サルトルが「実存は本質に先立つ」と喝破した通り、人間はまずこの世に投げ出され、その後に自らの生き方によって自己の本質を作り上げていく存在です。
仏教の知見を研究する教育機関の論考でも、示唆に富む解釈が提示されています。「生まれてきた意味はあるのか?」という根源的な問いに対し、仏教は「意味を探すのをやめてごらん。意味の向こう側に、ほんとうのいのちがあるよ」と語りかけます。意味という概念自体が、人間が脳内で作り出した言葉の網目に過ぎません。春に咲く桜が「なぜ咲くのか」という理由を問うことなくただ咲き誇り散っていくように、命そのものは「意味の彼方」で力強く息づいています。意味という人工的な物差しで自分の命を測るのをやめたとき、長年囚われていた苦痛の正体がおのずと氷解していきます。