一体なぜ起きた?日本史を変えた「三乱の流れ」の真相と年表を徹底解説

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三乱を難解に感じさせる最大の要因は、登場人物の血縁関係と派閥のねじれです。保元の乱では、皇室(後白河天皇 vs 崇徳上皇)、摂関家(藤原忠通 vs 藤原頼長)、源氏(源義朝 vs 源為義)、平氏(平清盛 vs 平忠正)のすべてが真っ二つに割れました。

平治の乱では、後白河院の側近であった学者肌の信西(藤原通憲)に対する院近臣・藤原信頼の嫉妬と権力欲が軸となり、これに武力を提供する形で平清盛と源義朝が激突しました。

承久の乱では、専制的な指導力を発揮した後鳥羽上皇と、源実朝暗殺後の幕府を支えた北条政子・義時姉弟の対決となります。北条政子の有名な演説(「頼朝公の恩は山よりも高く、海よりも深い」)によって結束した坂東武者軍団が朝廷軍を粉砕し、公武の力関係は完全に逆転しました。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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