西成女医不審死事件の真相|他殺説を裏付ける矛盾と警察再捜査の全貌
西成女医不審死事件の真相|他殺説を裏付ける矛盾と警察再捜査の全貌を徹底追究! 知っておきたい トピックの裏側を分かりやすく展開します。
悲劇の主人公となった矢島祥子医師は、群馬県出身。東京女子医科大学を卒業後、大学病院などで内科医としての研鑽を積んでいました。転機が訪れたのは2007年4月。知人の医師の紹介を受け、大阪市西成区の診療所(桑田診療所)に赴任したことです。西成・釜ヶ崎といえば、路上生活者や日雇い労働者が密集する日本随一の特殊な地域。多くの医師が敬遠しがちな過酷な現場へ、彼女は自ら飛び込みました。
矢島医師は単に診療所で診察を行うだけでなく、夜間のパトロール活動に率先して参加し、路上で凍える労働者に毛布や温かい食事を配り、健康相談に応じる日々を送っていました。その献身的な姿勢から、街の人々には敬意と親しみを込めて「西成のマザー・テレサ」と呼ばれていたといいます。取材に応じた当時の日雇い労働者は、「どんなに汚れた服を着ていても、先生は嫌な顔一つせず手を握って診てくれた。あの街の唯一の光だった」と涙ながらに振り返っています。
しかし、その献身の日々は突然の破局を迎えます。2009年11月14日未明、矢島医師は西成区鶴見橋の自宅マンションから忽然と姿を消しました。翌日になっても診療所に出勤せず、連絡も取れないことから関係者が捜索を開始。そして失踪から2日後の11月16日午前8時45分頃、自宅から直線距離で約2.5キロメートル離れた大阪市大正区と西成区の境を流れる木津川の遺体発見現場(千本松渡船場付近)で、浮遊している彼女の遺体が通行人によって発見されたのです。享年34という、あまりにも早すぎる死でした。