増位山太志郎『そんな夕子にほれました』歌詞の真実とモデル実在の真相
増位山太志郎『そんな夕子にほれました』歌詞の真実とモデル実在の真相の全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。
ネット上の言説や一部の回顧記事では、「相撲人気に乗じた企画モノ」「話題先行のタレントレコード」といった誤ったラベリングが散見されます。しかし、この見方は音楽的な事実関係から大きく逸脱しています。
増位山太志郎の実父は、元大関・増位山大四郎(初代)であり、家庭内には幼少期から豊かな音楽環境がありました。増位山本人は青年期からジャズ、シャンソン、フランク永井やディック・ミネといった低音クルーナー唱法の楽曲に親しみ、膨大なレコード盤を収集する筋金入りのオーディオマニアでもありました。
作曲者の出門英が増位山に楽曲を提供した最大の動機も、「関取の知名度」ではなく「天性の倍音を含んだ稀有なハスキーボイス」にプロの音楽家として惚れ込んだからに他なりません。力士という枠組みを抜きにしても、日本のポピュラーボーカル史において独自の席を占めるシンガーであったという点は、正しく記憶されるべき歴史的事実です。