明治17年は西暦何年?激動の1884年と日本史を変えた大事件の真相

明治17年は西暦何年?激動の1884年と日本史を変えた大事件の真相の詳細について、専門知識を取りまとめてご紹介します。

国内が騒乱に包まれる中、海の向こうの朝鮮半島でも近代史を揺るがす軍事政変が起きました。1884年12月に発生した「甲申政変(こうしんせいへん)」です。

当時、朝鮮宮廷では清国に依存して体制維持を図る「事大党(守旧派)」と、日本の明治維新を手本に近代化を目指す「開化派(独立党)」が激しく対立していました。金玉均や朴泳孝ら開化派は、清仏戦争で清軍の戦力が分散した機を捉え、日本の竹添進一郎公使の支援を受けてクーデターを決行。王宮を制圧して新政府の樹立を宣言しました。

しかし、清国の武将・袁世凱が率いる大軍が即座に介入。王宮を奪還された開化派はわずか3日で敗北し、日本公使館も焼き払われる事態となりました(三日天下)。

この政変により、日本と清国の対立は抜き差しならない局面を迎えます。翌1885年には伊藤博文と李鴻章の間で「天津条約」が締結され、両国の軍隊は朝鮮から一旦引き揚げることになりますが、10年後の日清戦争(1894年)に至る導火線はまさにこの明治17年に点火されたのです。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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