京都・井筒装束店の現在に迫る!大河衣装と宮内庁御用達の噂の真相

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井筒の歴史は、江戸中期の宝永2年(1705年)にまで遡ります。初代・井筒屋庄左衛門が京都で創業して以来、320年以上の長きにわたり有職装束(ゆうそくしょうぞく)や仏教法衣の仕立てを一手に引き受けてきました。母体となる株式会社井筒のもと、神仏両界に関わる装束・法衣を扱う体制が整えられ、仏教各宗派の袈裟や法衣を担う井筒法衣店、そして神社界や宮中儀礼の衣冠・束帯・十二単を担う井筒装束店が連携しつつ独自の発展を遂げてきました。

近代に入ると、明治・大正・昭和・平成・令和と歴代の皇室儀礼において重要な役割を果たし、いわゆる宮内庁御用達の装束仕立てとしての確固たる地位を確立します。即位の礼や大嘗祭など、皇位継承に伴う重儀で着用される装束の復元・新調に関与してきた実績は、民間企業としては類を見ません。全国約8万社に及ぶ神社本庁管轄の神社に対し、階位に応じた格式高い神職装束を安定供給し続けていることも、神社界からの厚い信頼を支える要因です。

文化活動への貢献も見逃せません。昭和49年(1974年)、同社は自社ビル内に風俗博物館を開設しました。等身大の時代風俗人形や、光源氏の邸宅「六条院」を4分の1スケールで具現化した壮大なジオラマ展示は、学術的にも極めて高い評価を獲得しています。単なる商業活動にとどまらず、失われゆく日本の服飾文化を一般に可視化し継承する姿勢が、3世紀を超えるブランドの品格を形成しています。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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