昭和の妖怪・岸信介の真実|満州・A級戦犯から安保改定と現代政治の源流

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公職追放が解除された1952年以降、岸信介は即座に政界復帰へ動きました。当時の日本政界は、吉田茂率いる自由党(官僚派・軽武装経済重視)と、鳩山一郎や重光葵らの日本民主党(党人派・自主憲法改憲派)に分裂し、激しい主導権争いを繰り広げていました。

1955年、左右両派に分裂していた社会党の再統一に対抗すべく、岸は自由党と日本民主党の合流、すなわち「保守合同」を強力に主導しました。こうして誕生したのが自由民主党(自民党)であり、以後38年間にわたって続く「55年体制」の創軌道が敷かれたのです。岸はこの巨大政党の初代幹事長に就任し、党の実権を完全に掌握しました。

石橋湛山内閣の外務大臣を経て、石橋の病気退陣に伴い1957年2月、岸は第56代内閣総理大臣に就任します。A級戦犯容疑者として獄中にあった男が、わずか8年余りで一国の最高権力者に登りつめたこの逆転劇こそ、「昭和の妖怪」の面目躍如たる所以(ゆえん)でした。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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