薬子の変はなぜ起きた?平城上皇と嵯峨天皇の激突と真相を徹底解説
薬子の変はなぜ起きた?平城上皇と嵯峨天皇の激突と真相を徹底解説についての真相をご紹介します。
「薬子の変」を一言で説明するなら、平安京の嵯峨天皇と、旧都・平城京に戻った平城上皇による国家権力の奪還バトルです。
舞台は平安京へ遷都して間もない大同5年(810年)。病気を理由に退位したはずの第51代・平城上皇が健康を取り戻したことで事態は一変します。上皇は弟である第52代・嵯峨天皇の政治運営に強い不満を抱き、自らの側近であった藤原薬子とその兄・藤原仲成の協力を得て、再び政治の実権を握ろうと画策しました。
平城京と平安京の双方から命令が出される「二所朝廷」と呼ばれる異常事態に発展し、最終的には軍事衝突寸前のクーデター未遂へと突入。嵯峨天皇側の極めて迅速な軍事・情報統制によって上皇側は完全に封じ込められ、平安京体制の基盤が確立することとなりました。