明治元年は西暦何年?1868年の改元理由と激動の裏側を徹底解剖
明治元年は西暦何年?1868年の改元理由と激動の裏側を徹底解剖の具体的な内容に迫る! 専門的な視点で紐解きます。
歴史の基本でありながら意外と混同されやすいのが、改元のタイミングと西暦の対応関係です。明治元年は西暦1868年にあたり、干支は戊辰(つちのえたつ/ぼしん)です。日本を二分した内戦である「戊辰戦争」の名称も、この年の干支に由来しています。
制度上の大きな特徴として知られるのが、慶応4年(1868年)9月8日に明治へと改元された際、同年1月1日に遡って明治元年とみなす「遡及適用」が行われた点です。これにより、旧暦の1868年1月1日から12月30日(新暦換算では1868年1月25日〜1869年2月10日)の全期間が法的に明治元年として扱われることになりました。
明治改元理由の根底には、中国の古典『易経』に記された「聖人南面して天下を聴き、明に嚮(むか)ひて治む(聖人が南を向き、天下の政治を執り、光明に向かって治める)」という一節があります。新政府参与の松平春嶽らが候補を絞り込み、最終的には明治天皇自らが宮中でくじを引いて決定したという経緯が宮内公文書館などの記録に遺されています。
また、天皇一代につき元号を一つとする「一世一元の制」がこの時に初めて定められました。それまでの朝廷では、天変地異や凶事のたびに頻繁に改元が行われていましたが、天皇の在位と元号を完全に一致させることで、皇室の権威と国家の連続性を象徴する強固な基盤が構築されたのです。