ポルポト「メガネで処刑」は本当?なんJでも話題の虐殺の真相と歴史
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ポル・ポト政権による虐殺の象徴として世界に知られるのが、悪名高い政治犯収容所「S-21(トゥール・スレン)」と、処刑場「キリング・フィールド」です。
旧制中学校を改装して作られたS-21には、知識人や党の裏切り者と疑われた人々が次々と収容されました。収容された約2万人の中で、生還できたのはわずか十数名に過ぎません。収容者たちは過酷な拷問によって「CIAやベトナムのスパイである」という虚偽の自白を強要された後、プノンペン近郊のチュンエクなどの処刑場(キリング・フィールド)へトラックで運ばれました。
弾薬の浪費を嫌ったクメール・ルージュは、銃殺ではなく棍棒、農具のクワ、竹槍などを用いて人々を惨殺。わずか3年8カ月(1975年4月〜1979年1月)の支配期間中に、飢餓や過酷な強制労働による病死も含め、推計150万人から220万人以上(当時の全人口約800万人の約4分の1)が命を落としたと記録されています。