中大兄皇子の歌と万葉集の真実|三山歌の解釈や額田王との謎を徹底解説

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中大兄皇子の私生活と和歌を語る上で、後世の小説やドラマで繰り返し描かれてきたのが、絶世の歌姫・額田王(ぬかだのおおきみ)と実弟・大海人皇子(のちの天武天皇)との間で繰り広げられたとされる「宿命の三角関係」です。

この劇的な愛憎劇の根拠とされてきたのが、『万葉集』巻一に収められた近江蒲生野(がもうの)での遊猟における贈答歌です。

【額田王の歌(巻1・20番歌)】
「あかねさす 紫野行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る」
(茜色に輝く御料地の紫草野を行き来しながら、そんなに私に向かって袖を振って…野の番人が見咎めるではありませんか、あなた)

【大海人皇子の返歌(巻1・21番歌)】
「紫草(むらさき)の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも」
(紫草のように美しいあなたを憎いと思っているなら、他人の妻となってしまったあなたをどうしてこれほど恋しく思うだろうか)

かつて大海人皇子と結ばれ十市皇女をもうけた額田王が、のちに中大兄皇子に召されたという経緯を踏まえ、「兄への激しい略奪愛への恨みが壬申の乱(672年)へと発展した」というストーリーは、大衆文化において長年定着してきました。

しかし、現代の万葉学における定説は、この「愛憎劇説」を明確に否定しています。蒲生野の狩猟は、国家の安寧を祈る宮廷の公式行事(薬狩り)であり、この場で交わされた歌は、天智天皇の御前で披露された高度に洗練された「宴席の戯れ歌(言葉遊び)」であったことが判明しています。

「袖を振る」行為は当時の求愛儀礼の定型であり、皇太子である大海人皇子と元妻の額田王が機知に富んだ掛け合いを演じることで、宮廷の場を盛り上げる公的パフォーマンスであったというのが、学術的な事実関係です。プライベートな情念ではなく、洗練された宮廷文化の爛熟を示す証拠として捉えるのが妥当です。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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