三上悠亜のSke48時代と脱退の真相|鬼頭桃菜からカリスマ経営者へ
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三上悠亜が芸能界に足を踏み入れたのは、2009年3月のことでした。SKE48の「第二期メンバーオーディション」に本名の鬼頭桃菜名義で応募し、約3,200名の応募者の中から見事に合格。同期には高柳明音や古川愛李、斉藤真木子といった後のグループの中核を担う実力派が顔を揃えていました。
当時の彼女は、可憐なビジュアルと抜群のダンスセンスを兼ね備え、早くから運営とファンの双方から将来を嘱望される存在でした。チームKIIの結成メンバーに選出された後、紆余曲折を経てチームE、そしてグループの看板であるチームSへと所属を移します。この時期の彼女を語る上で欠かせないのが、2013年7月発売の12thシングル『美しい稲妻』での表題曲初選抜入りです。
AKB48グループの全盛期において、姉妹グループ内のシングル選抜の椅子を勝ち取ることは極めて過酷な競争を意味していました。松井珠理奈や松井玲奈が絶対的エースとして君臨する中、鬼頭桃菜はポジションを奪取し、音楽番組や握手会でも存在感を急速に高めていきました。ステージ上で見せていた天性のアイドル性は、現在の彼女のカメラ前での立ち居振る舞いの基礎を形作ったといえます。