神楽坂「紀の善」突然閉店の真相|抹茶ババロアの行方と跡地の現在
神楽坂「紀の善」突然閉店の真相|抹茶ババロアの行方と跡地の現在の詳細解説をご紹介します。最新トレンドが満載です。
神楽坂の風情を語る上で欠かせない存在だった紀の善ですが、その歩みは激動の時代とともにありました。江戸時代、紀州徳川家の御用商人として神楽坂の地に根を下ろしたと伝えられ、明治期には料亭や料理屋として営業。戦後の1948年(昭和23年)に甘味処として再出発を果たしました。花街として栄えた神楽坂の芸者衆や、近隣に居を構えた出版社・文豪たちに愛され、東京を代表する甘味処としての地位を確立していったのです。
紀の善を唯一無二たらしめていたのは、徹底した素材へのこだわりと、妥協なき仕込みの技でした。
- 抹茶ババロア:昭和の終わり頃に誕生し、全国にその名を轟かせた絶対的看板メニュー。最高級の京都宇治産抹茶を惜しみなく使用し、驚くほど濃厚な抹茶のほろ苦さと、極上の動物性生クリームのコク、丹波大納言小豆のふくよかな甘さが見事な三位一体を形成していました。
- 粟ぜんざい:秋から冬にかけての風物詩。蒸したての黄色い粟(あわ)の粒感と、熱々で滑らかなこし餡が絡み合う贅沢な一杯は、冷えた体を芯から温めてくれる逸品でした。
- あんみつ:伊豆諸島産の天草から丁寧に煮出した寒天は、角がピンと立ち、口の中で心地よく崩れる絶妙な食感。沖縄産黒糖の風味豊かな黒蜜が、厳選された赤えんどう豆と小豆の旨味を最大限に引き出していました。
これらの甘味は、ただ甘いだけではない「大人のための粋な菓子」として、世代を超えて受け継がれてきたのです。