日光東照宮の見ざる聞かざる言わざる|全8枚の人生劇と4匹目の真相
日光東照宮の見ざる聞かざる言わざる|全8枚の人生劇と4匹目の真相にまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。
境内の神厩舎に掲げられた彫刻が、なぜ馬小屋に猿なのか。古来、日本では陰陽五行思想に基づき「猿は馬の健康を守り、病気を治す守護神(馬の守り神)」と信じられてきました。平安時代の絵巻物や各地の厩舎伝承にも、馬屋に猿を飼う、あるいは頭蓋骨を祀る風習が数多く記録されています。日光東照宮の神厩舎が木造素木造りという簡素な佇まいで建てられ、そこに猿の彫刻が配されたのも、ご神馬を災厄から守護するという明確な意図によるものです。
そして最大の見どころは、正面から側面にわたって欄間に彫られた全8枚のレリーフ群です。これは天台宗の教えに基づく「人間の生涯と教育の道徳」を、猿の成長になぞらえて表現した連続ストーリーとなっています。
現地を訪れた際、西側から東側へと順を追って観察すると、次のような人のライフサイクルが展開されます。
- 第1面【誕生と母子の絆】:母猿が子猿の将来を案じ、遠くを見つめながら我が子を守る姿。母の手が子猿をしっかりと抱き寄せ、無償の慈愛を象徴しています。
- 第2面【見ざる・聞かざる・言わざる】:幼少期を迎えた子猿たち。物事の善悪が判断できない幼い時期には、世の不条理や悪事を見ず、悪口を聞かず、嘘や悪態を言わせず、純真な心のまま健やかに育てよという幼児教育の教えです。
- 第3面【自立への第一歩】:座り込んだ一匹の猿が遠くを見つめています。親離れを目前にし、これから自活していこうとする青年期の孤独と覚悟を表しています。
- 第4面【大志を抱く青年期】:2匹の猿が上空を見上げ、青雲の志を抱く姿。若者が夢や希望を語り合い、未来へ向かって挑戦する時期を切り取っています。
- 第5面【挫折と励まし】:崖っぷちに立つ猿と、それを慰めるかのように寄り添う仲間。人生において避けられない挫折や苦難に直面したとき、友人の支えや絆がいかに尊いかを説いています。
- 第6面【恋愛と結婚】:木の上で寄り添い、互いを意識する2匹の猿。伴侶を見出し、苦楽を共にするパートナーシップを結ぶ壮年期の描写です。
- 第7面【荒波を越える夫婦】:激しい荒波を前に、手を携えて立ち向かう2匹。夫婦が力を合わせ、人生の嵐や社会の荒波を乗り越えていく共同作業を示唆します。
- 第8面【妊娠・そして次世代へ】:お腹の大きな母猿が描かれ、やがて生まれる我が子に思いを馳せます。この第8面の母猿が、再び第1面の「母と子」へと繋がり、命の円環が閉じる構造になっています。
三猿の配置を観察すると、左から「聞かざる」「言わざる」「見ざる」の順に並んでいます。この順番にも深い意図が込められており、悪意ある噂話を耳に入れず(聞かざる)、軽はずみな悪口を発せず(言わざる)、他人の過ちや邪なものを見ない(見ざる)という道徳的順序を視覚化しています。
思想的ルーツとして最も有力な典拠は、古代中国の思想書『論語』顔淵篇に登場する孔子の言葉「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動(礼にあらざれば視ること勿れ、礼にあらざれば聴くこと勿れ、礼にあらざれば言うこと勿れ、礼にあらざれば動くこと勿れ)」です。これが仏教伝来とともに日本へと浸透し、「勿れ(ざる)」と「猿(さる)」を掛ける日本独特の地口(言葉遊び)と融合して、比類なき彫刻芸術へと昇華しました。