京都最古560年の息吹、本家尾張屋本店「宝来そば」と禅寺の出汁
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始まりは蕎麦ではなかった。尾張国(現在の愛知県)から京都へ移り住んだ初代が興したのは、練り菓子や饅頭を商う菓子屋だったという。転機が訪れたのは江戸時代中期。禅寺で蕎麦切りが盛んに食されるようになると、寺院には専用の製麺道具がなく、高い技術を持っていた菓子司に麺打ちの依頼が舞い込むようになった。とりわけ禅宗の大本山である大徳寺との結びつきは深く、厳格な修行僧たちの舌を満足させる洗練された蕎麦作りの礎がここで築かれた。
その技術と誠実な仕事ぶりは朝廷や公家の耳にも届き、やがて宮内庁(当時の禁裏御所)からも注文を受ける「御用蕎麦司」の称号を許されるに至る。単なる町衆の食堂ではない。権力の中枢や厳格な宗教空間の双方から信頼を勝ち得た証が、屋号の頭に冠された「御用」の二文字なのだ。敷居の高さに身構える必要はない。店内に漂う空気はどこまでも穏やかで、訪れる者を温かく包み込む。