実在しない福岡県博多市の謎|歴史的投票事件と137年目の真実
実在しない福岡県博多市の謎|歴史的投票事件と137年目の真実に関する専門家の意見を詳しく解説いたします。
地理的・歴史的見地から検証すると、福岡市と博多市の違いは単なる行政境界にとどまらず、都市の骨格を形成してきたDNAそのものの違いであることが分かります。両者を隔てる境界線は、市街地の中央を南北に流れる「那珂川(なかがわ)」です。
那珂川の西側に位置するのが、黒田官兵衛・長政親子が1601年に築城した福岡城を中心とする武士の街「福岡」です。地名は黒田家のルーツである備前国福岡(現・岡山県瀬戸内市)にちなんで名付けられました。一方で、那珂川の東側に広がるのが、古くは『万葉集』にも記され、平清盛が日本最初の人工港を築いた日本最古の貿易港湾都市「博多」です。
1972年(昭和47年)、福岡市が政令指定都市へ移行した際、この那珂川以東の旧博多を中心としたエリアに設置されたのが「福岡市博多区」です。これにより、博多という地名は一国の自治体名ではなく、大都市・福岡市を支える行政区の名称として法的に定着することになりました。