没後8年、混迷の永田町が今こそ召喚する「影の総理」の亡霊――仙谷由人という劇薬の正体
今注目を集めている 没後8年、混迷の永田町が今こそ召喚する「影の総理」の亡霊――仙谷由人という劇薬の正体について、多角的な視点をご紹介しています。
彼の政治生命において、最も激しい嵐に晒されたのが2010年の尖閣諸島沖中国漁船衝突事件だろう。中国人船長の釈放を巡る超法規的とも言える政治判断は、当時の世論から「弱腰外交」「司法への介入」と激しく叩かれた。那覇地検の判断という形を取りながらも、その裏で糸を引いていたのが彼であることは公然の秘密だった。
だが、当時の極限状態において、日中関係の破局を避けるための「泥を被る決断」を彼以外の誰が下せただろうか。国家主権の維持という原則論と、経済・安全保障の崩壊を防ぐという現実論。その狭間で彼が下した決断の是非は、今なお議論が分かれる。しかし、あの時彼が示した「全責任を自分が負う」という覚悟だけは、今の政治家には見られないものだった。