日本三大商人の正体とは?近江・伊勢・大坂の違いと現代に通じる鉄則
日本三大商人の正体とは?近江・伊勢・大坂の違いと現代に通じる鉄則についての真相をご紹介します。
日本三大商人の歴史は、単なる過去の遺産ではありません。現在の日経平均株価を牽引するトップ企業の社風や経営戦略の中に、彼らのDNAは明確に息づいています。
近江商人の系譜として代表的な存在が、五大商社の一角を占める伊藤忠商事と丸紅です。両社の創業者である初代・伊藤忠兵衛は、1858年に15歳で麻布の行商から身を起こした生粋の近江商人でした。伊藤忠商事が掲げるコーポレートメッセージ「三方よし」は、初代忠兵衛の「商売において利益を得るのは当然であるが、それは世の中に貢献した結果の対価である」という信念をそのまま引き継いだものです。百貨店の髙島屋(創業者・飯田新七)や、女性下着メーカーのワコール(創業者・塚本幸一)も近江商人の血脈を受け継ぐ代表格として知られています。
伊勢商人の系譜における金字塔は、日本最大級の企業集団である三井グループと三越の歴史です。伊勢松阪出身の三井高利が1673年に江戸日本橋に開いた呉服店「越後屋」は、当時富裕層相手の掛け売りが当たり前だった呉服業界に「店前現銀売り(現金払い・値札通りの正札販売)」を導入しました。これにより庶民でも高品質な反物を手軽に購入できるようになり、爆発的なヒットを記録しました。この越後屋が現在の三越伊勢丹となり、高利が両替店として発展させた金融部門がのちの三井銀行(現・三井住友銀行)や三井物産の母体となりました。
大坂商人の系譜を代表するのが住友グループです。別子銅山の開発と精錬技術で世界有数の銅生産を誇り、大坂の商業ハブ機能を活用して多角化を推進しました。住友の事業精神として受け継がれる「浮利を追わず(目先の不当な利益を追わず、社会的信用を重んじる)」という哲学は、大坂商人の信用第一主義を象徴しています。また、江戸時代に幕府の金庫番として君臨した豪商・鴻池善右衛門の両替商事業は、明治期に第十三国立銀行などを経て、現在の三菱UFJフィナンシャル・グループの歴史的源流の一つとなっています。