東日本大震災の津波はどこまできた?内陸5Kmと遡上40Mの全記録

東日本大震災の津波はどこまできた?内陸5Kmと遡上40Mの全記録について重要なポイントを解説いたします。最新の情報をお届けします。

東日本大震災における津波の到達範囲を正確に把握する上で、まず理解すべきは「平野部」と「リアス海岸(三陸海岸)」で津波の振る舞いが根本的に異なっていたという事実です。

国土地理院が公表した「津波浸水実績図」によると、太平洋沿岸6県(青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉)における総浸水面積は約561平方キロメートルに達しました。これは東京23区の総面積(約627平方キロメートル)の9割に匹敵する広大な面積が一気に水没した計算になります。

広大な平地が広がる宮城県の仙台平野(名取市、岩沼市、仙台市若林区・宮城野区など)では、遮る山地がないため津波は猛烈な勢いで陸上を疾走しました。海岸線から内陸約4km〜5km地点まで海水が到達し、名取川などの河口付近や低湿地帯では田畑や集落が丸ごと水没しました。平野部における浸水域の縁(へり)は概ね標高2メートル〜3メートルの等高線と一致しており、わずかな標高差が明暗を分けました。

一方、V字型の湾が連続する三陸海岸のリアス地帯では、海から押し寄せた波が狭い湾奥に向かって急激に収束し、海面が異常に盛り上がりました。陸上に達した津波は平野のように広がるのではなく、山肌を猛烈な勢いで駆け上がり、標高15メートルから30メートルを超える高台にまで到達。平野部とはまったく異なる破壊力を発揮しました。

吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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