成田新法事件とは?なぜ事前告知なき工作物使用禁止が合憲なのか徹底解説
成田新法事件とは?なぜ事前告知なき工作物使用禁止が合憲なのか徹底解説の詳細について、分かりやすい解説を基に徹底解説します。
成田新法事件の根底には、1960年代から激化した三里塚闘争(成田空港問題)が存在します。政府による一方的な空港建設決定に反発した地元農民の反対運動に、新左翼の過激派セクトが合流したことで、現地の闘争は急速に先鋭化していきました。
決定打となったのは、開港予定日を4日後に控えた1978年3月26日の成田空港管制塔占拠事件です。ゲリラ部隊が地下水路から空港内に乱入し、管制塔を破壊して開港を延期に追い込むという前代未聞の事態が発生しました。これに強い危機感を抱いた政府・国会は、わずか2週間足らずの異例のスピード審議を経て「新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(成田新法)」を成立させました。
同法は、過激派が空港周辺に築いた「団結小屋」を暴力ゲリラの出撃・潜伏拠点とみなし、運輸大臣(現・国土交通大臣)がこれら工作物の使用禁止や撤去を命じることができる強力な権限を定めたものです。実際に成田新法3条1項に基づき、空港周辺の複数の団結小屋に対して事前の通告や意見聴取を行わないまま工作物使用禁止命令が発令されたことで、処分の効力と法律の違憲性を巡る法廷闘争の幕が上がりました。