タトゥーと刺青の決定的な違いは?針の深さ・歴史・温泉の現実を解明

タトゥーと刺青の決定的な違いは?針の深さ・歴史・温泉の現実を解明の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

語源と歴史を辿ると、双方が辿ってきた社会的文脈の大きな隔たりが浮き彫りになります。

「タトゥー(Tattoo)」という言葉は、ポリネシア語で「叩く」「印をつける」を意味する「タタウ(Tatau)」に由来します。18世紀にイギリスの探検家ジェームズ・クック(キャプテン・クック)が南太平洋の島々から持ち帰り、ヨーロッパの船乗りたちを中心に広まりました。欧米においてタトゥーは、航海の無事を祈る護符や身分証明、軍隊の所属意識、あるいはカウンターカルチャーとしての自己表現という文脈で発展してきました。

一方、日本における刺青の歴史は縄文・弥生時代の文身(身体装飾・魔除け)にまで遡りますが、江戸時代に入ると「入墨刑(いれずみけい)」という刑罰として制度化されました。罪を犯した者の額や腕に特定の文様を彫ることで、犯罪歴を可視化し社会的に隔離する役割を担わされたのです。

しかし江戸中期から後期にかけて、歌舞伎や浮世絵の隆盛とともに、火消しや職人、飛脚たちの間で「粋(いき)」や「勇気」を示す装飾としての刺青文化(彫り物)が爆発的に開花しました。『水滸伝』の英雄たちの図柄を背中一面に彫る豪快な風潮が庶民を熱狂させ、これが現代に続く「和彫り」の美意識の源流となっています。

明治維新を迎えると、政府は欧米列強に対する近代化のアピールと風俗取締りのため、1872年(明治5年)に「違式詿誤条例」を制定し、刺青を全面的に禁止しました。この禁令は第二次世界大戦後の1948年にGHQによって撤廃されるまで続き、この長い非合法期間が「刺青=反社会勢力・アンダーグラウンド」という根強いステレオタイプを決定づけました。

近年における最大の転換点は、彫り師が医師法違反(無免許医行為)に問われた刑事裁判です。2020年9月、最高裁判所は「タトゥー施術は医療関連性を有する行為とはいえず、医師法第17条の医行為には当たらない」として被告の彫り師に無罪判決を言い渡しました。この司法判断により、日本における彫り師という生業の法的正当性が認められ、現在は業界団体主導による衛生基準の策定や自主規制ガイドラインの確立へと舵が切られています。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest