なぜJalのコンコルドは幻に?導入断念に追い込まれた「3つの真相」を徹底解説

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華々しい計画がありながら、なぜJALはコンコルドの導入を断念し、仮発注キャンセルへと至ったのでしょうか。そこには、技術と時代の変化が生んだ3つの致命的な障壁がありました。

① 1973年「第1次オイルショック」による燃費・運航コストの暴騰
最大の引き金となったのは、1973年に勃発した第1次オイルショックです。コンコルドはアフターバーナー付きのオリンパス593エンジンを4基搭載しており、凄まじい燃料消費率を誇る「大食い機」でした。原油価格が数倍に跳ね上がったことで、座席あたりの運航コストは天文学的な水準に膨れ上がり、採算の合う航空券価格を設定することが極めて困難になったのです。

② ソニックブーム(超音速衝撃波)と騒音問題による飛行ルート制限
超音速飛行時に地上へ叩きつけられる衝撃波「ソニックブーム」と、離着陸時の猛烈なエンジン騒音は世界中で激しい環境論争を引き起こしました。結果として、アメリカをはじめ多くの国で陸上上空での超音速飛行が原則禁止となります。シベリア上空やアジア大陸を横断してヨーロッパを目指すはずだったJALの主要路線において、洋上以外で音速を出せないという制約は致命的でした。

③ 航続距離の限界と限られた座席定員(ペイロード問題)
コンコルドの満載航続距離は約6,000〜7,000km程度にとどまり、偏西風が逆風となる太平洋無着陸横断や長距離ノンストップ路線には届きませんでした。加えて座席数はわずか約100席と少なく、機内も極めて細長い空間です。大量の乗客と貨物を一度に安く運ぶことが求められる時代の潮流と、完全に逆行してしまったのです。

これらの要因が複合的に重なり、JALは1973年にコンコルドの導入予約を取り消し、正式に断念する決断を下しました。

吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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