美輪明宏の昔が国宝級美少年と話題!三島由紀夫を虜にした美貌と半生
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美輪明宏さんは1952年、クラシック音楽やシャンソンを学ぶために上京しました。しかし、実家の経済的破綻により仕送りが途絶え、弱冠16〜17歳にして新宿駅での野宿を経験するなど、命の危険に隣り合わせの極貧生活へと突き落とされます。
そんな窮地を救ったのが、当時東京・銀座にあった伝説のシャンソン喫茶「銀巴里(ぎんぱり)」でした。美しい容姿と天性の美声を見出された美輪さんは、国籍・性別・年齢を一切公表しないという異例の条件で専属契約を結び、ステージに立ち始めます。
1957年、フランスのシャンソンを日本語でカヴァーした『メ・ケ・メ・ケ』が大ヒットを記録。自らデザインした斬新な衣装を身にまとい、流暢なフランス語の響きと艶やかな歌声で歌い踊る姿は一大センセーションを巻き起こしました。この「丸山明宏」の登場によって、銀巴里は一躍、最先端のカルチャーを発信する文化の聖地へと押し上げられたのです。