赤線青線の違いを完全解説!戦後昭和の衝撃の真相と今も残る遺構の現在
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赤線のすぐ外側に広がる「青線地帯」は、行政の庇護を一切受けられない非合法の吹きだまりでした。新宿二丁目の一部、歌舞伎町の路地裏、池袋の闇市跡、浅草の観音裏など、ターミナル駅周辺の密集地や戦災バラック街に青線は網の目のように寄生していました。
青線の実態は、警察への営業許可申請すら出せない(あるいは出せば即座に却下される)暴力団関係者やブローカー、零細業者が経営する「もぐり」の店舗でした。昼間は普通の小料理屋や喫茶店を装いながら、奥に隠し階段や隠し部屋を設け、客引きによって女性をあてがう手口が横行していました。当時の関係者の証言録や警察白書によると、青線では以下のような過酷な現実が常態化していたと記録されています。
「赤線の検梅(性病検査)は週に1回義務づけられていたが、青線の女たちには一切の衛生検査がなかった。病気にかかればそのまま放り出されるか、ヤミ医者で粗悪なペニシリンを打たれて無理やり働かされた」(当時の元特殊飲食店関係者の回想録より)
警察にとっても青線は治安と風紀を著しく乱す元凶であり、定期的に大規模な「一斉手入れ(摘発)」が断行されました。刑法(賭博や公然わいせつ)、旅館業法、食品衛生法、さらには各自治体の風俗営業取締条例を盾に踏み込み、女性たちを連行しては相談所や婦人保護施設へ送るという「いたちごっこ」が昭和30年代初頭まで繰り広げられたのです。