辻政信とは何者だったのか?「作戦の神様」の栄光とラオス失踪の真相
辻政信とは何者だったのか?「作戦の神様」の栄光とラオス失踪の真相について知っておくべき 事実を分かりやすく解説いたします。
『潜行三千里』の爆発的ヒットによって得た知名度を武器に、辻は政界への進出を決意します。辻政信の衆議院議員時代は、1952年の第25回衆議院議員総選挙において、旧石川1区から無所属で出馬し、トップ当選を果たしたことから始まりました。軍国主義の元凶と批判される一方で、歯に衣着せぬ語り口と愛国的な主張は、大衆のナショナリズムを強く刺激しました。
国会における辻は、自民党鳩山派に所属しながらも既存の派閥政治を痛烈に批判し、「非同盟中立」や「自主防衛」を訴える異色の論客として存在感を示しました。首相官邸や各省庁の官僚に対しても軍参謀時代と変わらぬ高圧的な態度で迫り、激しい論争を巻き起こすこともしばしばでした。
1959年には参議院議員全国区へ鞍替え出馬し、67万票余りを獲得して第3位で当選します。国政の場でも一貫して東南アジア諸国との連携を主張し、米ソ冷戦の狭間で日本が独自の外交路線を歩むべきだと説き続けました。しかしそのスタンドプレー偏重の言動は、政界でも孤立を生む要因となっていきました。